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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)1401号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金二七八万〇、五六七円およびこれに対する昭和四七年六月七日より右支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

一、原告は、別紙手形目録記載の約束手形六通を現に所持している。訴外砂田送風機株式会社(以下、「訴外会社」という)は、右六通の約束手形にそれぞれ振出人として記名押印している。

二、被告は、昭和四六年二月二二日、原告に対し、訴外会社が原告に対して右日時現在負担しならびに将来負担することあるべき売買代金債務、手形債務その他商取引上の一切の債務について連帯保証することを約した。

三、よつて、原告は、被告に対し、前記約束手形六通の手形金合計金二七八万〇、五六七円および同目録(六)記載の約束手形の満期の翌日であり、本訴状送達の日より後の日である昭和四七年六月七日より右支払いずみまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴請求に及んだ

と述べ、予備的主張として、

被告は、昭和四五年一二月、訴外会社の代表者の砂田稔の使者である稔の妻の砂田美智子を介して自己の実印を交付し、訴外会社が社員寮を他から賃借するについての保証をなす代理権を与えたところ、砂田稔は右権限を踰越して本件根保証約定書に被告名の記名押印をして原告に対する保証をなした。民法一一〇条の表見代理権が成立するために、必要な基本代理権は私法上の取引行為に関係するものでなければならず、且つそれで十分であるというべきところ、右寮の賃貸借契約の保証契約の締結に関する代理権はまさに取引行為に関するもので、基本代理権として十分である。次に原告は、砂田稔に対し、その父親に保証をしてもらうように云つたところ、砂田稔が、父親が保証人になつてくれないので代りに被告ではどうかと云つてきたのでこれを了承したにすぎないものであり、原告が右父親に本件保証を申し入れ同人が拒絶したものではない。原告は被告に対し本件保証人となる意思の確認をしていないが、原告が昭和四六年二月二二日ごろ砂田稔より被告の署名があり実印が押捺され印鑑証明書が添付された本件根保証約定書を受取つた際には、被告が砂田稔の妻美智子の父親と聞かされていたこともありこの書面の作成について何らかの疑問を抱くべき事情は全然存在せず、又原告は金融業者あるいは銀行のように日常的に保証契約の締結事務を扱うことはなく、保証契約を締結したのはまず初めてといつて過言ではなく、印鑑証明書が添付され実印が押捺されているのにさらに本人の意思を確認する必要があるなどとは思いつきもしなかつたのである。現に、原告はそれ以後安心して砂田送風機株式会社との取引を継続しているのである。右の次第で、原告は、前記書類によつて砂田稔に代理権があると信じ、かつそう信ずるについて正当の理由があつたから、被告は本件保証責任を免れない。

と述べた。立証(省略)

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、請求原因に対する答弁として、

請求原因第一項の事実は知らない。同第二項の事実は否認する。同第三項は争う。

と述べ、予備的主張に対する答弁として

被告が、昭和四五年一二月に訴外会社の代表者である砂田稔に訴外会社が他から社員寮を賃借するについての保証をなす代理権を与えたことは認めるが、民法一一〇条の帰責事由は争う。

と述べ、その主張として、

(一)、本件根保証と右賃貸借契約の保証とでは内容的に大きな差異がある。

(二)、原告は、当初砂田稔の父親に連帯保証人となることを申し入れたが、右父親からこれを拒絶された。従つて、原告は本件保証契約の締結が困難であることを知りながら、被告に対しては電話又は直接の面接による依頼、調査、確認の方法は何一つ講じていない。

(三)、本件根保証には、その保証金額も明記されておらず、保証期間の定めもない。

(四)、本件根保証契約証(甲第七号証)の被告の署名は被告がしたものではなく、添付の印鑑証明書(甲第八号証)も砂田稔が勝手に松原市役所から同時に取得した四通のうちの一通である。

(五)、被告の被害は本件だけにとどまらず、他にも多数あり、これを発見した被告は、本訴提起前に発覚した分につき砂田稔を告訴している。仮に、本訴が認容されれば、被告は他からも次々と請求されて回復し難い程の莫大な損害を蒙る。

以上の諸点によれば、原告が砂田稔に代理権限があると信じ且つそう信ずるにつき正当の理由があつたとはいえない

と述べた。立証(省略)

理由

一、証人八幡利弘の証言およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第一ないし第六号証によれば、原告は訴外砂田送風機株式会社の真正な振出にかかる原告主張の約束手形六通を所持していることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。そうすると、原告は、訴外会社に対し、右手形額面合計金二七八万〇、五六七円およびこれに対する右最終の満期日の翌日であり且つ本訴状送達の日の後の日であること記録上明らかである昭和四七年六月七日から右支払いずみにいたるまで商事法定利率の年六分の割合による遅延損害金の各債権を有するものということができる。

二、そこで、原・被告間の本件保証契約の成否について判断すると、まず、原・被告間において直接に右保証契約の合意がなされたことを認むべき証拠はなく、成立に争いのない甲第八号証、乙第一号証、第五号証、被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第二号証、証人八幡利弘の証言および被告本人尋問の結果、ならびに甲第七号証および乙第三、四号証の各記載表示に弁論の全趣旨を総合すると、原告が訴外会社の代表者の砂田稔に対し本件根保証約定書(甲第七号証)の被告の署名捺印以前の用紙を交付したのは、昭和四五年暮又は昭和四六年初ごろであること、ところが、砂田稔は昭和四六年二月二五日ごろ本件根保証約定書に被告の昭和四五年一二月二一日発行の印鑑証明書(甲第八号証)を添付して原告方に持参したが、右根保証約定書の連帯保証人欄の被告の住所氏名は被告の筆跡によるものではなく、その名下の印影は被告の実印によつて顕出されたものであるが、被告自身が押捺したものではないこと、又添付の印鑑証明書は、昭和四五年一二月ごろ、被告が右砂田稔の妻の砂田美智子に対し手交した実印に基づき、昭和四五年一二月二一日被告代理人砂田稔名義で松原市役所より交付を受けた被告名義の印鑑証明書四通のうちの一通であること、右同日交付された他の印鑑証明書の一通は被告所有の不動産につきそのころ訴外大阪府中小企業信用保証協会に対し訴外会社の債務の担保のため設定された根抵当権設定登記の登記手続に使用されていること(被告は右登記手続が被告の不知の間になされた旨主張して別訴を提起し係属中である)、被告が右砂田美智子に対し実印を交付したのは、右美智子の「訴外会社が他から社員寮を賃借するにつき保証人となつてほしい」旨の申入れを承諾してこれを交付したものであること、その後、被告は昭和四六年七月および同年一一月の二回に亘つて実印を右美智子に交付したが、右実印は、前同様前記大阪府中小企業信用保証協会および大阪中央信用金庫に対する被告所有不動産の根抵当権設定登記の登記手続に使用されていること(被告は右登記手続が被告の不知の間になされた旨主張して別訴を提起し係属中であるが、大阪中央信用金庫関係では同金庫の認諾により終了した)が認められ他に右認定に反する証拠はない。右認定事実によれば、被告は、寮の賃貸借の保証人となることを承諾して実印を砂田美智子に交付したというのであるが、この点については、右実印は実際には金融機関関係に使用され、その後二回に亘つて同様のことがなされていること、寮の賃貸借契約の締結に法律上は印鑑証明書の添付を必要としないことの二点に徴すると右が単なる弁解ではないかとの疑いが全く生じない訳ではないが、未だ前記認定を左右するに至らない。しかし、右の点をさておくとしても、前記認定事実および後記三の認定事実によれば被告が砂田美智子に対し実印を手交した時は、未だ原告から砂田稔に対して本件根保証約定書が手交されていなかつたことは勿論、被告の本件保証依頼はなされていなかつたこと、すなわち、父親に保証を拒否されて実印の交付を受けられず苦慮していた砂田稔は、被告から実印を託されたのを奇貨とし、原告に対し改めて被告の保証を申し出たところ、原告がこれを承諾したので、被告の実印を流用したことが推認されるのであつて、そうだとすれば、前記砂田稔が被告から本件保証契約締結の代理権を授与されていたものと認定することは困難であり、結局、原告の本位的主張は採用し難いといわなければならない。

三、そこで、原告の予備的主張について判断するに、被告が昭和四五年一二月、砂田稔に対しその使者である砂田美智子を介して自己の実印を交付し、訴外会社が他から社員寮を賃借するについての保証をなす代理権を授与したこと、砂田稔は右権限を踰越して被告の代理人と称して本件保証契約を締結するに至つたこと、および原告が右砂田稔の代理権を信じたことはいずれも当事者間に争いがない。被告は、寮の賃貸借契約の保証契約締結の代理権が民法一一〇条の基本代理権に該らないかの如き主張をするけれども、右が基本代理権に該ることは論をまたないところであつて右主張は理由がない。そこで、次に、原告に砂田稔が本件保証契約締結の代理権があると信じたことに正当の理由があるか否かについて考えてみるに、証人西田覚次の証言に前掲各証拠によれば、訴外会社は東大阪市にその住所を有し、その代表者の砂田稔もその住所を東大阪市に有すること、原告は、昭和四五年四月ごろから訴外会社と取引があり、(但し取引約定書は作成されていない)同会社に送風機に取付ける電動機を販売し、当初は順調に手形決済がなされていたが、昭和四五年八月ごろ新に四〇〇万円の注文を受けた際、訴外会社から回り手形で代金決済をなす旨の申出をなしていたにも拘らず、右約束が守られなかつたため、原告は訴外会社の経営に不安を感じ、訴外会社の代表者の砂田稔に対しその父親で訴外砂田製作所の代表者である訴外砂田某の個人保証をつけることを求めたこと、しかし右保証はなかなか得られず、ようやく昭和四五年の暮か昭和四六年初めごろに砂田稔から原告に対し「父は右保証を承諾しないが、自分の妻の父親の西田覚造が保証人になることになつた」旨の連絡がなされたので、原告はこれを承諾し、早速、事務員に根保証約定書と題し、これに本文として「連帯保証人西田覚造は債務者砂田送風機株式会社が貴殿に対し本日現在負担しならびに将来負担することあるべき売買代金債務手形債務その他商取引上の一切の債務について連帯して支払の責を負うことを約定します」旨記載し、作成日付を空白とする連帯保証人欄空白の原告宛の書面を作成した上、これをそのころ砂田稔に交付したところ、右砂田稔は昭和四六年二月二五日ごろ右連帯保証人欄に実は妻の父でなく妻美智子の伯父にあたる被告の記名捺印のある昭和四六年二月二二日付の根保証約定書(甲第九号証)を被告の印鑑証明書と共に差し入れたこと、その際原告担当係員は砂田稔から被告が資力がある旨の説明を受けたのみで、以後、被告に会つたこともなく、又被告に対し電話又は書面等でその保証の意思を確認したこともなかつたこと、原告は、右書面の差入れ後、訴外会社と取引を継続し、本件約束手形は右差入れ後の取引の支払のため昭和四六年九月から一二月までに振出されたものであるが、訴外会社は、昭和四七年二月に至つて右不渡りを出して倒産し、代表者の砂田稔はその後行方をくらましていることが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。ところで、金融取引又は商取引一般において、本人の実印が押捺された書面を本人の印鑑証明書と共に所持する者の代理権を信じて取引をなした相手方は特段の事情の認められない限り民法一一〇条にいう正当の理由があるものというべきであり、更に、本人の意思を確認する必要をみない。しかし、契約締結の結果、本人に極めて酷な結果を生ずることが予見される場合、諸般の状況から本人の契約締結の意思に疑問が持たれる場合、他方、相手方において本人の意思確認につき困難な事情がない場合にまで、相手方はただ右各書類の存在および記載を信じれば足りるということは公平の理念に反するものであり、かかる場合には、相手方に本人の意思の確認をなす義務があるものというべきである(参照、最高裁昭和四五年一二月一五日判決、民集二四巻一三号二〇八一頁)。そしてこのことは、右相手方が金融機関の場合に限らず、通常の商取引全般に妥当するものであり、金融機関と一般人との間に注意義務の程度に差はあつても、そのことの故に一般人の場合はすべての場合に右確認義務がないといえないことは当然で、状況次第で一般人にも右確認義務が要求される場合があるのである。

本件についてみるに、本件保証条項は原告において一方的に作成したもので、現在の債務額ならびに保証限度額の記載もなく、又保証期間および保証人の解約権等の定めのない保証人に酷な約定となつているが、一般にかような無限定の契約が締結される場合は、保証人が主たる債務者と何らかの利害関係を有する者とか、その内部事情に通暁している者である場合などが多いといえよう。しかるに、被告は、七八才の無職者であつて、訴外会社および砂田稔とは前記の如く妻の伯父である以外に何らかの利害関係を有することを認むべき証拠はなく、もつとも原告に対しては砂田稔の妻の父であり、資力があると紹介されたが、妻の父であるからといつて当然に右利害関係があるとはいえないし、資力があるとの説明のみでは不十分である。しかも本件においては、砂田稔の実父の保証を要求した原告の当初の申出が数ケ月も経過した後、結局実父の保証拒否によりやむなく被告の保証に変更されるという異常な事態が生じたのであるから、右時点で砂田稔が実父からも信頼されていない人物であることは容易に推測しえた筈であり、これらの諸般の状況下において、原告は本件契約締結に際し、被告の保証意思に疑いを有して当然であつたし、現に疑いを有していたものと推認される。そして、前記認定の如く訴外会社および砂田稔の住所地と被告の住所地は隣接市であり、原告の住所地も右住所地と遠隔の地にあるとはいえないし、本件保証後取引再開までにも相当長期の期間があつたから、原告係員が被告の意思の直接の確認をなすについては何ら困難な事情はなく、文書による確認をなすことは極めて容易であつたのである。しかるに、原告は、右確認を怠つたのみならず、訴外会社の経営に不安を感じつつも本件契約の締結を求めるあまり、敢えて被告が砂田稔の妻の父か伯父かについてさえ確認せず、本件保証意思の確認をなさなかつたものである。

右の次第で、原告は、被告の保証意思を確認すべき義務があるのにこれを怠り、又は敢えてその履行をしないで前記各書類を軽信し、又はこれにより被告の承諾があつたものとみなして本件保証契約を締結したものであり、原告の右信頼又は行動には過失又は信義則違反があるものというべきであり、したがつて原告は、民法一一〇条の正当の理由を有しないものというべきである。よつて、原告の予備的主張も採用することができない。

四、以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

手形目録

(一) 金額   金二三五、五六七円

満期   昭和四七年二月六日

支払地  東大阪市

支払場所 株式会社住友銀行東大阪支店

振出地  東大阪市

振出日  昭和四六年九月二一日

振出人  砂田送風機株式会社

受取人  ハマ商事株式会社

(二) 金額   金五二〇、二五〇円

満期   昭和四七年三月六日

支払場所 株式会社大阪銀行弥刀支店

振出日  昭和四六年一〇月一五日

その他の要件(一)に同じ

(三) 金額   金五〇〇、〇〇〇円

満期   昭和四七年四月六日

振出日  昭和四六年一〇月一五日

その他の要件(一)に同じ

(四) 金額   金五二四、七五〇円

満期   昭和四七年四月六日

振出日  昭和四六年一〇月一五日

その他の要件(一)に同じ

(五) 金額   金五〇〇、〇〇〇円

満期   昭和四七年五月六日

振出日  昭和四六年一一月四日

その他の要件(一)に同じ

(六) 金額   金五〇〇、〇〇〇円

満期   昭和四七年六月六日

振出日  昭和四六年一二月六日

その他の要件(一)に同じ

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